開業してからの現実
介護タクシーの開業でインボイス登録は必要か — 私が登録しなかった理由
介護タクシーの開業準備をしていると、書類や手続きの多さに目が回ります。そのなかで、ふと手が止まるのが「インボイス登録は、しておいた方がいいのだろうか」という問いです。あちこちで「登録しないと取引で不利になる」と聞く。でも登録すると消費税の申告が必要になるらしい。どうすればいいのか——。
結論から言います。介護タクシーで開業するなら、いまはインボイス登録をしなくていい——私はそう考えていますし、自分自身も登録していません。なぜそう言い切れるのか、順番に説明します。書いているのは、関東で介護タクシーを営む現役の個人事業主です。
そもそも、消費税は誰が納めるのか
まず、消費税の基本のところから。商売をしていると、売上にかかった消費税を国に納めるのが原則です。ただし、規模の小さい事業者には、その納税義務が免除される仕組みがあります。
ざっくり言うと、売上が1,000万円以下なら、消費税を納めなくてよい(免税事業者になる)。正確には「前々年の売上」で判定するなど条件はありますが、開業して間もないうちは、まずこの規模に収まる人がほとんどでしょう。
しかも、新しく開業した個人事業主は、最初の年から原則として免税です。理由はシンプルで、判定の基準になる「前々年の売上」が、開業したばかりの人にはそもそも存在しないからです。だから開業初年度とその翌年は、原則として消費税を納めなくていい。(細かくは前年の途中までの売上で判定される例外もありますが、開業まもない多くの人にはまず関係しません。)
つまり、何もしなければ、あなたは自動的に免税事業者なのです。これは黙っていれば手に入る権利だ、ということをまず押さえてください。
インボイス登録は「義務」ではなく「任意」
ここで本題のインボイスです。「インボイス制度が始まったから登録しないといけない」と思い込んでいる人がいますが、これは誤解です。インボイス(適格請求書発行事業者)の登録は、義務ではなく任意です。登録するかどうかは、事業者自身が選べます。
そして、ここが大事なところ。免税事業者が登録すると、売上が1,000万円以下でも課税事業者になります。つまり、登録した瞬間に、さっきの「黙っていれば手に入る免税の権利」を、自分から手放すことになるのです。登録すれば消費税の申告と納税が必要になる。せっかく免除されていたものを、わざわざ放棄する形です。
逆に、登録しなければインボイス(適格請求書)は発行できません。「それで困るのでは?」と思うかもしれません。だからこそ、次の問いが決定的になります。そもそも、あなたのお客さんは、インボイスを必要としているのか?
介護タクシーの客は、インボイスを求めない
ここからは、私が開業して感じている見立てです。
インボイスが必要になるのは、お金を払う相手が「事業者」で、その人が仕入税額控除という手続きをする場合です。取引先の会社が経費として処理し、自社の消費税を計算するときに、インボイスがないと控除できない——だから「インボイスをください」と求められる。これは事業者どうしの取引(BtoB)の話です。
では、介護タクシーのお客さんは誰でしょうか。乗るのは要介護の方ご本人で、手配したり支払ったりするのはそのご家族です。どちらも、事業として消費税の計算をしている相手ではありません。一般の消費者です。一般の消費者は、インボイスを必要としません。経費で落として仕入税額控除をするわけではないからです。
実際、私は開業してから今まで、お客さんやご家族から「インボイスをください」と言われたことが、一度もありません。求められないものを発行できるようにするために、わざわざ免税の権利を手放す——それは、自分の事業にとって意味のある取引でしょうか。私には、そうは思えませんでした。だから登録していませんし、それで客を失ったこともありません。
(もちろん、事業の形は人それぞれです。もし取引の相手に事業者が多く含まれるなら話は変わってきます。ただ、ご本人とご家族を運ぶという介護タクシーの基本の形であれば、インボイスを求められる場面は、まず多くないだろうと私は見ています。)
「あとから登録できる」から、今は急がない
もうひとつ、安心材料があります。インボイス登録は、あとからでもできるということです。
いま登録しなかったからといって、その道が永久に閉じるわけではありません。将来、売上が1,000万円を超えて課税事業者になるときや、事業者向けの取引が増えてきたとき——必要になったその時点で登録すればいい。登録をやめて免税に戻る道もありますが、こちらは条件がついてくるので、いったん登録するかどうかは慎重に考えた方がいい。入るのは後からでも間に合い、出るのには条件がいる。それなら、必要になるまで入らずにおくのが身軽です。
開業時にやるべきは、要らない手続きを増やさないこと
開業準備というのは、やることを足していく作業になりがちです。でも、本当に大事なのは、要らない手続きを増やさないことでもあります。
インボイス登録は、その典型だと思います。免税の権利は、黙っていれば手に入る。介護タクシーのお客さんはインボイスを求めない。そして、必要になればあとから登録できる。であれば、開業のタイミングで、わざわざ自分から免税の権利を手放す理由は見当たりません。
「登録しないと不利になるのでは」という漠然とした不安で動く前に、自分のお客さんが本当にそれを必要としているのかを、一度立ち止まって考えてみてください。私の場合、その答えは「いいえ」でした。
注意書き
- 本記事は筆者個人の経験(関東で介護タクシーを営む個人事業主)にもとづく考え方の整理であり、個別の税務についての助言ではありません。消費税の制度は改正されることがあり、事業の形態によって最適な選択は異なります。実際の判断にあたっては、最新の国税庁の情報を確認し、必要に応じて税務署や税理士にご相談ください。